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自治体の仲間

 

2008年11月号 Vol.420

悠湯旅情
第102湯
商人がつくりあげた近世都市 埼玉県川越市
土蔵造りの町並みが刻む歴史と文化
 西武線本川越駅から中央通りを700メートルほど歩くと、黒くて厚い壁、大きな鬼瓦、高い棟にどっしりと構えた蔵造りの町並みが現れます。江戸時代の川越は、江戸の北の守りとして、豊富な物資の供給源として、徳川幕府はこの地に有力な大名を配置しました。将軍綱吉の側用人・柳沢吉明(吉保)が川越藩主であった元禄11年(1698)の史料によれば、川越10カ町の人口は約6000人を数え、物資の集積地として栄えた商業の近世都市でした。
 近世都市の基盤となったのが、江戸を結んだ交通網でした。今日も川越市は交通の要衝であり、川越市と東京都心との間には、JR・東武・西武の3本の鉄道が結ばれ、川越街道(国道254号線)、国道16号線が市内を縦横します。
 さて、江戸時代における江戸を結ぶ交通ルートは、川越街道を利用する駄馬輸送と市内を流れる新河岸川の「舟運」(しゅううん)、川船を利用した大量輸送航路でした。荒川水系である新河岸川は、名高い「川越夜船」が米・味噌・木材・炭をはじめとする特産品を積んで夜に船出し、夜明けごろには江戸・墨田川で荷揚げされたと言われます。さらに、戻りの川船が諸国の特産品を運び込み、それらの加工品がまた江戸に向かうという、物流の発展が商人の町をつくりました。その結果、裕福な商人を増やした一方で、貧富の格差も広げました。蔵造りの町並みや「小江戸」と呼ばれた川越のゆえんもここにあるとされています。
 市内中心地にある川越氷川神社は、縁結びの神様として信仰を集め、本殿は江戸彫りの装飾建築の典型として埼玉県の有形文化財に指定されています。
 幕末の慶応2年(1899)神社境内に、物価高騰に苦しむ川越城下町と周辺の大工職人が集まり、米価の引き下げを求めて決起しました。この事態に川越藩は「安売米仕法(極貧の人に1日1人3合の割で米価も100文当たり2合を3合に引き下げて売り渡す)を出して収拾したと言われています。しかし、物価高騰に苦しむ貧農の不満は、爆発して全県域に広がり「武州一揆」に発展しました。
 市内散策のあとは、ゆっくりと温泉に浸かるのが最高です。川越市渋井にある「はつかり温泉」は、地下1700メートルから湧き上がる源泉かけ流しの天然温泉が、歩き疲れた身を癒してくれます。


▲蔵造りの並ぶ一番街から東に入った所にある川越のシンボル「時の鐘」
▲市内を流れる新河岸川は江戸と川越を結ぶ重要航路でした


温泉メモ
●小江戸はつかり温泉
所在地/ 埼玉県川越市渋井26−1
交通/ 東武線上福岡駅、JR川越線南古谷駅より
西武バス城北埼玉高校下車徒歩15分
車では富士見川越有料道路渋井交差点
そば
泉質/ ナトリウム、塩化物温泉 泉温37.8度
効能/ 神経痛・筋肉痛・関節痛、五十肩・
疲労回復など
問い合わせ/ 電話049−230−4126
営業時間/ 朝8時より深夜1時
入浴料/ 大人・平日750円、土日・祝日850円
子ども・平日550円、土日・祝日650円

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