2007年9月号 Vol.406

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日本人ガイドの案内で、広い収容所内を歩く(収容所跡がそのまま博物館として世界遺産に指定されている)。仕分けされ、大量に山積みにされた人間の髪の毛、カバン、子どもの物も含む靴、義足、生活用品類…。苦しい思いを含んだままそれらは保存されていた。毒ガスとして使用されたチクロンBの缶の山。物のように詰め込まれていた収容室。そして、ガス室。
それらを目の当たりにした後、その時、そこに生きていたスモーレンさん(博物館元館長、86歳)の話をこの耳で聞くことになった。終戦間近、強制収容所の存在を消すため収容者たちを雪の中歩いて移動させた「死の行進」も経験したスモーレンさん。ドイツ語が話せたため名簿記載係として生き残りました。4000人入ってきたはずの収容所に400人の記載しかない!!あとは虐殺されていた。この事実を外の世界に知らせるため脱獄のプランが立てられ、480人の脱獄が行われた。まるでアメリカ映画のごとく生々しく語られるその事は、客観的事実であるだけに心から離れない。
見張り、虐殺も収容者たち自身にやらせ、なるべくナチス親衛隊が直接関与せず罪の意識をつくらせないシステム。しかし、隠れて撮られた200枚の証拠写真。証言者も探しだし、今も時効なしで裁かれている。ドイツの青年達が何人もここへ学びにやってくる。その姿を見てポーランド人は何よりホッとするそうだ。歴史を覆い隠すことは、真実が未来へつながらないことを学んだ。
この旅はおとぎの国のような世界も見せてくれた。ワルシャワ旧市街地(ドイツ軍に全破壊される前にワルシャワ大学建築科の学生が描き残し、そのままの形でヒビまでも復興させた街として世界遺産に登録されている)、クラクフ市のバヴェル城、チェコのプラハ城、そして本当におとぎの世界!!と思えたのは、プラハから3時間程車で行ったチェスキー・クルムロフ城を中心とした中世建築がそのまま残されている小さな集落。高台の城へつながる屋根付きの通路から見下ろす街並みは、川と山に包まれ、まるで時が止まったかのようにきれいでした。
▲中世へタイムスリップしたかのようなチェスキー・クルムロフ城からの眺望 |
▲ビルケナウ絶滅収容所と引込線 |


