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大阪市労組 米沢 喜嗣さん
わたしのマラソン人生 走ることは生きること |
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とにかく、走ることが大好きな米沢さん、これまでのフルマラソンの最高記録は35歳のとき、第2回那覇マラソン(1982年)での2時間52分。フルマラソンで3時間を切るのは市民ランナーの目標だけに、本当にうれしかったといいます。
感慨深いのが1997年7月の「富士登山レース」。富士宮市役所から3776mの富士山頂まで駆け登る過酷なレースを4時間30分以内で完走しました。「その年の正月から近くの金剛山(※大阪の最高峰で四季を通じてハイキングのメッカ)に毎週登って鍛え、もう600回登っています」とケロリ。
今年の2月、大きな話題になった「東京マラソン2007」にも参加しました。3万人が参加のマンモスレース。「ボストン、ニューヨーク、ベルリン、ロンドンなど世界の大都市マラソンは一般参加を含めた大会ですから、日本でもあってもいいと思っていました」と、語る米沢さんです。しかし、東京マラソンのために、青梅マラソンの日程を移動させたのは青梅ファンにとって残念なこと。「東京マラソンは、雨天にもかかわらず、沿道の声援と1万人のボランティアのサポートに感動しました。新宿やお台場の開発、大都市の摩天楼と下町のギャップは今の格差社会を象徴しているようでした」と、完走した感想も。
夢は「走るグランドスラム」へ
米沢さんのマラソン人生の夢は「グランドスラム」の達成です。それは、(1)フルマラソンの3時間以内完走、(2)100キロマラソンの10時間以内完走、(3)富士登山マラソンの4時間30分以内完走です。米沢さんはすでにふたつを達成、残るは100キロマラソン。ただいま61歳、65歳までに達成したいといいます。
「私にとってマラソンや走ることは、人生を前向きに生きていくための後押しをしてくれるもの。走ったあとの爽快感と、多くの走る仲間との出会いが人生を豊かにしてくれました。生涯、走り続けたい」と、ニッコリ笑ってランニング姿で駆けていきました。