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自治労連機関紙

自治体の仲間

 

2007年2月号 Vol.399

My Way My Life
(83)
岩手・葛巻町職 本宮 隆良さん
仲間と助け合う 駅伝がいい
 
箱根駅伝
王者・駒澤4連覇メンバー


 今や、正月の風物詩となった箱根駅伝。この2年間はまさに群雄割拠の様相ですが、05年までは駒澤大学が4連覇を達成。本宮隆良さんは、王者・駒澤の名をほしいいままにした時のメンバーです。
 中学時代は野球部。陸上大会が近づくと借り出され3000メートル競技では県で2位に。みんなで助け合って走る駅伝に魅力を感じ、スカウトされた高校へ進学。しかし、2年生の時にはメンバー不足で駅伝大会に出場できなくなり、「現実が落ちた」と、帰宅部に憧れたこともあったそうです。
 高校の監督と相談し駒澤大学の「スポーツセレクション」を受けることに。試験を受けに来た顔ぶれを見て「自分が場違いだと思いました。陸上の雑誌に載っている有名な選手が何人もいて。でも、持っている力を全部出し切ろう」と臨みギリギリで合格、晴れて駒澤大学陸上部の一員になりました。しかしそこに待っていたのは競争社会。Aチームには全くついていけず、落ち込みました。しかし「長距離は技術じゃなく練習、自分の我がままを応援してくれる親に申し訳が立たない」と奮起したそうです。
 本宮さんは、10月の「出雲駅伝」、11月の伊勢路「全日本大学駅伝」、正月の「箱根駅伝」の学生3大駅伝全てに出場、優勝に貢献しました。箱根は2年生のときに復路8区を疾走しました。平塚中継所で“藤色の襷(たすき)”が渡された時は独走状態。監督からは「ゆっくり入れ」との指示がはいり、「最初の1キロメートルを2分55秒位で走ろうと思って…」。でも時計は3分10秒位をさしていました。「まずいっ」と思ったそうです。初めての「箱根」、地響きのような声援。本宮さん曰く「やっぱり緊張してました。12月はすごく体調が良かったのですが、丁度ピークが落ちてきたときだったみたいで、くやしい走りでした」。後半は鳥肌も立ち、照りつく太陽に脱水症状一歩前の状態になり、「みんなで作ってくれた貯金を何秒食いつぶすんだろう、きつい、早く襷を渡したい、みんなに申し訳ない」との想いが頭の中を駆け巡ったそうです。
 昨年大学を卒業、実業団も考えたそうですが、「町中で応援してくれたからこそ自分がある。少しでもみなさんの役に立ちたい」と、地元の役場に就職、生涯学習課に勤務。図書関係や高齢者大学等の担当です。「この間、高齢者の方から褒められました」と嬉しそうに話してくれました。本宮さんの想いがこもった襷が、また一つ繋がっていきます。


▲湘南海岸の防風林と沿道には応援の旗がいっぱい
 


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