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ロシア兵士の墓地 大阪府泉大津市
日露戦争の歴史を刻む |
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1904年から05年にかけての日露戦争で、日本は旅順でロシアを破り、多くのロシア兵士を捕虜にしました。
日本に連れてきたロシア兵俘虜を全国26カ所の俘虜収容所にいれました。
そのひとつが当時の大阪府高石村に設置された収容所です。当時の日本は欧米列強の国の水準に追いつけと、俘虜の扱いにも国際基準に沿って丁重でした。
収容したロシア兵士はきわめて人間的、文化的な待遇で、夏には浜寺や高師浜の海岸で海水浴を楽しんだ記録も残されています。
収容中に亡くなったロシア兵士を埋葬した墓地が今も泉大津市の市営墓地の一角にあります。
600平方メートルの敷地に89人の墓碑が整然と並んでいます。墓碑には氏名、所属、死没日、宗教が刻まれており、現在も地元住民が墓地の清掃活動を行っています。
収容所の跡地にはいま、「日露友好の碑」が建っています。
平和・戦跡のミュージアムメモ
●ロシア兵士の墓地
ロシア兵士の墓地は、「大津神社」の北方にあり
ます。神社前の道路を歩き、少し広い道路を右折
し「泉大津保健所」の前を通り過ぎ、消防署の手
前を右斜めに入り、真っ直ぐ進み葬祭場の西側。 |
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| 〈大津神社〉 |
| 住所/大阪府泉大津市若宮町4−12 |
| 交通/南海本線泉大津駅下車西口より徒歩3分 |