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第2次世界大戦中、日本軍が考え出した兵器のひとつが風船爆弾です。上空を流れるジェット気流を利用し、爆弾を気球に乗せて、日本の本土から直接1万キロのかなたにあるアメリカ本土に爆撃をしかけるという世界的にも珍しいものでした。
気球は直径10メートル、和紙とこんにゃく糊で作られ、中に水素ガスを詰めました。
発射基地は千葉県、茨城県、福島県の各海岸が選ばれ、大量の風船爆弾が飛ばされました。生産個数はおよそ9300個。アメリカ本土にまでたどりついたのは約1割程度の300個あまりだったといいます。アメリカ本土(西海岸)では、送電線にひっかかったり、山火事をおこしたりという被害はありましたが、兵器としての実際の効果はほとんどありませんでした。茨城県北茨城市の五浦海岸高台に風船爆弾「平和の碑」が建ち、「呪いと殺意の武器はいらない。青い気球よさようなら。さようなら戦争」と記されています。