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米軍上瀬谷基地の私有地返還訴訟
横浜市従 森 茂徳さん
私の土地は戦争のために使わせない! |
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▲3月23日東京高裁の不当判決に対して決意を表明する森さん(中央)
第2次世界大戦後、神奈川県には横浜市をはじめ、数多くの「米軍基地」が置かれました。「サンフランシスコ講和条約」後も、「日米安保条約」により、それは引き継がれました。
「米軍上瀬谷基地」は、横浜市の北西部、瀬谷区と旭区にまたがる242ヘクタール(横浜スタジアム92個分)にも及ぶ広大な基地です。かつてここには、膨大な量と大きさのアンテナ群が林立し、ソ連・北朝鮮などの、電波を傍受するスパイ基地でした。しかし、ソ連の崩壊や人工衛星を使う電波傍受技術の進歩などにより、90年代以降アンテナが取り払われ、今日ではすっかり無くなりただの「ひら地」になってしまいました。この基地は、その約2割が個人の所有地、残りが横浜市と国有地という、全国の米軍基地の中でも珍しい所有形態です。
この個人土地所有者の1人が学校用務員をしている森さんです。1998年、国と米軍に「もうこれ以上アメリカの戦争のために自分の土地が使われるのはいやだ」と、土地の返還を求めて訴訟を行いました。2003年に「日米合同委員会施設調整部会」の協議が開始され、昨年、自然と緑の宝庫である金沢区の池子の森に米軍住宅を増設することを条件に、上瀬谷基地をはじめ6つの基地の返還が表明されました。しかし、2005年3月23日、東京高裁は地裁に続いて控訴を棄却する不当判決を言い渡しました。日米地位協定では、遊休地の無条件返還を取り決めています。にもかかわらず、米軍が返さない以上、基地は使われている、という驚くべき判断です。「米軍が土地を返すというまで、何も判断しないのはおかしい」と森さんは、最高裁までたたかう決意をしました。
座間キャンプへの米陸軍第一軍団司令部移転、横須賀の米原子力空母の母港化そして米軍住宅の建設など、一体となった基地の再編強化の動きに、「最高裁に上告したからには最善をつくすまで。個人としてではなく、基地を無くす運動としてやることに意味がある。横浜から、神奈川からそして日本から基地をなくしたい」と、その思いを話してくれました。