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自治労連弁護団意見書「デジタル改革関連法案と自治体DX推進計画は許されない」

2015年3月16日

 自治労連弁護団では、菅政権の重点施策の一つであるデジタル改革関連法案と、同法案の国会提出に先立って2020年12月25日に総務省が発表した「自治体デジタル・トランスフォーメーション(DX)推進計画」について、地方自治を守り、個人情報を保護する立場で、これらの内容、問題点について意見書をまとめ、公表しました。

自治労連弁護団意見書「デジタル改革関連法案と自治体DX推進計画は許されない」(PDF)

 

デジタル改革関連法案と自治体DX推進計画は許されない

2021年3月16日

自治労連全国弁護団

第1 はじめに

 菅政権は、2020年12月25日、「デジタル社会の実現に向けた改革の基本方針」を閣議決定し、これに基づき、2021年2月9日、デジタル改革関連法案を閣議決定して、今通常国会(第204回国会)に提出した。

 本意見書は、デジタル改革関連法案と、同法案の国会提出に先立って2020年12月25日に総務省が発表した「自治体デジタル・トランスフォーメーション(DX)推進計画」について、とりわけ地方自治制度と地方行政のあり方が歪められ、そこで行われる住民サービスが劣化させられることを明らかにし、同法案と自治体DX推進計画に反対するものである。

 

第2 本法案提出に至るまでの経緯

 行政の電子化、電子政府については、2017年2月14日、一般社団法人日本経済団体連合会(日本経団連、以下同じ。)が「Society5.0に向けた電子政府の構築を求める」との提言を発表している。同提言では、「ICTを最大限に活用し幅広い産業構造の変革、働き方やライフスタイルの変化を促すとともに産業競争力強化につなげる『Society 5.0(超スマート社会)』を重視している。Society 5.0においては、収集された多種多量なデータの解析等を通じて新たな価値を創出」するとし、「行政分野のBPR(Business Process Re-engineering)と電子化は新しい国づくりに向けた重要課題であり、その基盤となるマイナンバー制度の活用・拡充が不可欠である。」としている。具体的には、マイナンバー制度の積極活用や官民データ連携、国・地方を通じたBPRの徹底などが提言されている。日本経団連は、その後も、2019年9月17日には「Society5.0時代の東京-デジタル革新を通じた国際競争力の強化-」、2020年3月17日には「Society5.0の実現に向けた規制・制度改革に関する提言-2019年度経団連規制改革要望-」と、立て続けに行政のデジタル化に関する提言を行っている。

 他方、首相官邸においては、内閣府特命担当大臣(地方創生)のもと、「AI 及びビッグデータを活用し、社会の在り方を根本から変えるような都市設計の動きが国際的に急速に進展していることに鑑み、暮らしやすさにおいても、ビジネスのしやすさにおいても世界最先端を行くまちづくりであって、第四次産業革命を先行的に体現する最先端都市となる『スーパーシティ』の構想を実現するため」として、2018年10月29日、「『スーパーシティ』構想の実現に向けた有識者懇談会」(座長:竹中平蔵氏)の開催が決定された。同懇談会は同年11月26日に中間とりまとめを、2019年2月14日に「『スーパーシティ』構想の実現に向けて(最終報告)」を発表した。同報告では、「スーパーシティ」は「丸ごと未来都市を作る」ことを目指すとされ、そのために未来都市を実現できる推進機関として、「国(内閣府)・自治体・民間で構成する強力な推進機関」(いわばミニ独立政府)を設ける必要があるとされている。

 これをうけて、2020年5月27日、国家戦略特別区域法の一部を改正する法律(いわゆるスーパーシティ法)が可決成立した。同法は「複数の先端的サービス間でデータを収集・整理し、提供するデータ連携基盤の整備事業を法定化し、事業の実施主体が、国、地方公共団体等に対し、その保有するデータの提供を求めることができることとする」とされている。

 今通常国会に提出され、審議されているデジタル改革関連法案や、自治体DX推進計画による「自治体デジタル化」は、これら一連の動きの中で行われている。

 

第3 デジタル改革関連法案の概要

 デジタル改革関連法案は、①デジタル社会形成基本法案、②デジタル庁設置法案、③デジタル社会の形成を図るための関係法律の整備に関する法律案、④地方公共団体情報システムの標準化に関する法律案、⑤公的給付の支給等の迅速かつ確実な実施のための預貯金口座の登録等に関する法律案、⑥預貯金者の意思に基づく個人番号の利用による預貯金口座の管理等に関する法律案の6つの法律案からなる法案である。

1 デジタル社会形成基本法案

 デジタル社会形成基本法案は、「デジタル社会」を「インターネットその他の高度情報通信ネットワークを通じて自由かつ安全に多様な情報又は知識を世界的規模で入手し、共有し、又は発信するとともに、先端的な技術をはじめとする情報通信技術を用いて電磁的記録として記録された多様かつ大量の情報を適正かつ効果的に活用する」社会等と定義づけ、その形成について、「我が国の国際競争力の強化及び国民の利便性の向上に資するとともに、急速な少子高齢化の進展への対応その他の我が国が直面する課題を解決する上で極めて重要である」と位置づけて、基本理念及び施策の策定に係る基本方針とともに、「国、地方公共団体及び事業者の責務」等を定めるものである。

2 デジタル庁設置法案

 デジタル庁設置法案は、「デジタル社会の形成に関する施策を迅速かつ重点的に推進 するため」、「デジタル社会の形成に関する行政事務の迅速かつ重点的な遂行を図ることを任務とするデジタル庁を設置することとし」たものである。内閣総理大臣をデジタル庁の長及び主任の大臣とし、内閣総理大臣を助け、デジタル庁の事務を統括するデジタル大臣を置くとともに、デジタル大臣に進言等を行い、かつ、庁務を整理し、各部局等の事務を監督する内閣任免の特別職としてデジタル監を置くとされている。

3 デジタル社会の形成を図るための関係法律の整備に関する法律案

 デジタル社会の形成を図るための関係法律の整備に関する法律案は、デジタル社会の形成に関する施策を実施するため関係法律の改正を一括して行う法案であり、改正の対象となる法律としては、個人情報保護法やマイナンバー法、住民基本台帳法などが挙げられている。

4 地方公共団体情報システムの標準化に関する法律案

 地方公共団体情報システムの標準化に関する法律案は、児童手当 、住民基本台帳 、選挙人名簿管理 、固定資産税 、個人住民税 、法人住民税 、軽自動車税 、就学 、国民健康保険 、国民年金 、障害者福祉 、後期高齢者医療 、介護保険 、生活保護 、健康管理 、児童扶養手当 、子ども ・子育て支援などの地方公共団体情報システムの標準化を推進するために必要な事項を定めるとされる。

5 公的給付の支給等の迅速かつ確実な実施のための預貯金口座の登録等に関する法律案・預貯金者の意思に基づく個人番号の利用による預貯金口座の管理等に関する法律案

 公的給付の支給等の迅速かつ確実な実施のための預貯金口座の登録等に関する法律案、及び、預貯金者の意思に基づく個人番号の利用による預貯金口座の管理等に関する法律案は、いずれもマイナンバーを利用して預貯金口座を管理することができること等を目的とするものである。

 

第4 デジタル改革関連法案と「自治体DX推進計画」から見る「自治体デジタル化」

1 政府においてはデジタル庁を設置

 政府は、「情報通信技術を活用した行政の推進等に関する法律」(デジタル手続法)4条に基づく整備計画として、2020年12月25日、「デジタル・ガバメント実行計画」を閣議決定し、社会全体のデジタル化をすすめるために、2020年12月25日から2026年3月31日までを対象期間とする国・自治体のデジタル化のための具体的な実行計画を示した。

 そして、その司令塔をもうけるデジタル庁設置法案では、内閣総理大臣をデジタル庁の長及び主任の大臣とし、内閣総理大臣を助け、デジタル庁の事務を統括するデジタル大臣を置くとされている。これは、内閣直属の常設組織としては初めて設置されるものである(臨時の組織としては復興庁がある。)。それは「強力な総合調整機能(勧告権等)を有する組織」とされ、さらに「基本方針策定などの企画立案、国等の情報システムの統括・監理、重要なシステムは自ら整備」するとされて、デジタル化の司令塔として強力な権限を持つこととなる。

 デジタル庁の業務内容は、国の情報システムの基本方針を策定し、予算を一括計上することで統括・監理を行う、地方自治体に対しても、デジタル基盤の共通化・標準化を進める、マイナンバー制度全般の企画立案を行うなど広汎にわたる。

 デジタル庁の人材としては、官民問わず適材適所の人材配置を行うとされ、デジタル大臣に進言等を行い、かつ、庁務を整理し、各部局等の事務を監督する内閣任免の特別職としてデジタル監を置くとされている。

2 地方自治体に対しては、総務省が自治体DX推進計画を実施

 総務省の「自治体デジタル・トランスフォーメーション(DX)推進計画」(2020年12月25日)は、2021年1月から2026年3月までを対象期間として、自治体のDXを推進させようとする計画である。同計画の目的には、「データが価値創造の源泉であることについて認識を共有し、データの様式の統一化等を図りつつ、多様な主体によるデータの円滑な流通を促進することによって、EBPM(注:Evidence-Based Policy Making;統計や業務データなどの客観的な証拠に基づく政策立案)等により自らの行政の効率化・高度化を図る」とともに、「多様な主体との連携により民間のデジタル・ビジネスなど新たな価値等が創出されることにより、我が国の持続的かつ健全な発展、国際競争力の強化にも繋がっていくことが期待される。」と、民間企業の利益に奉仕する目的があからさまに示されている。

 同計画の実施にあたっては、「情報システムの標準化・共通化といった自治体における施策を効果的に実行していくため」に、「国が主導的に役割を果たしつつ、自治体全体として、足並みを揃えて取り組んでいく」とされ、国(総務省)主導での推進計画実施であることが明記されている。

 各地方自治体の推進体制としては、首長をトップとし、そのもとにCIO(Chief Information Officer;最高情報統括責任者)を置き、全庁的・横断的なDX推進体制を構築することとされる。そして、CIOを補佐するCIO補佐官等として外部専門人材の活用を積極的に検討することとされ、デジタル人材として民間企業からの登用が予定されている。CIO補佐官等については、民間企業との雇用関係を継続し、従業員としての地位を保有したまま任用することや、他の団体との兼務等を前提とした任用も検討されている。そして、市町村が外部人材を任用等する場合(特別職非常勤として任用する場合及び外部に業務委託する場合)の経費について特別交付税措置(措置率0.5)を講じるとされており、この点からも民間企業からの人材登用が積極的に進められることとなる。

 同計画における重点取組事項として、①自治体の情報システムの標準化・共通化、②マイナンバーカードの普及促進、③自治体の行政手続のオンライン化、④自治体の AI・RPA (Robotic Process Automation;人間がコンピュータを操作して行う作業を、ソフトウェアによる自動的な操作によって代替すること)の利用推進、⑤テレワークの推進、⑥セキュリティ対策の徹底が挙げられている。

 とりわけ、①自治体の情報システムの標準化・共通化については、自治体の基幹業務となる17業務がまず対象に挙げられている。住民登録分野では、住民基本台帳、選挙人名簿管理、地方税分野では固定資産税、個人住民税、法人住民税、軽自動車税、社会保障分野では国民健康保険、国民年金、障害者福祉、後期高齢者医療、介護保険、児童手当、生活保護、健康管理、就学、児童扶養手当、子ども・子育て支援といった業務について自治体の情報システムの標準化・共通化が進められることとなる。

 

第5 国が進める「自治体デジタル化」の問題点

1 国とデジタル関連民間企業による自治体支配が行政を歪めるおそれがある

(1) 「自治体版デジタル庁」の設置 ~自治体をデジタル庁の出先機関に

 自治体DX推進計画によれば、各自治体に首長とCIOをトップとする全庁的・横断的な推進体制、たとえば「デジタル推進室(局)」などが新設されることとなる。これは「自治体版デジタル庁」として、首長の主導のもとデジタル化を推進する司令塔となるとともに、国の「デジタル化」方針を推進する出先機関としての役割も果たすこととなる。

(2) 民間企業幹部の任用、自治体の政策・意思決定を行う中枢ポストへの就任

 自治体DX推進計画では、CIOは部局間の調整のために副市長等が望ましいとされているが、CIO補佐官やデジタル技術職員については、外部専門人材(すなわち、デジタル関連民間企業)を特別職非常勤職員、任期付職員などとして積極的に活用するものとされている。CIO補佐官などの重要ポストには、こうしたデジタル関連民間企業の役員その他幹部クラスの就任も想定されている。その場合、デジタル関連民間企業の中枢を担う人物がデジタル化に関わる自治体の意思決定に直接関与することとなる。しかも、こうしたデジタル関連民間企業から任用された特別職非常勤職員は、当該企業との雇用関係を継続し、従業員としての地位を保有したまま任用されることも、兼業を行うことも、可能とされる。それどころか、自らが雇用されている企業から、「テレワーク」のかたちで自治体の業務に携わることすら可能となる。

 さらに、それらデジタル関連民間企業からの任用については、自治体と委託・請負関係にあるなど、利害関係を有する民間企業からの任用も妨げられないとされている。

 そして、こうしたデジタル関連民間企業には民主的コントロールは及ばない。そうした企業に在籍する者が自治体の意思決定に直接関与するということは、本来、公共的な見地から判断されるべき自治体の政策・意思決定について、利害関係を有する民間企業がそこに直接的に関与するということであり、当該民間企業の利益を図る意図で行政のあり方が歪められるおそれがある。それは行政の公正性に重大な疑念を投げかけるものである。

 放送事業会社「東北新社」に勤める菅首相の長男や、NTTグループの経営陣が、放送事業や通信事業の許認可権を有する総務省幹部を高額接待していた問題が国会を揺るがしているが、デジタル関連民間企業に在籍する者がCIO補佐官などの重要ポストに就けば、これを上回る問題が日常的に発生することになってしまう。

 また、職務上得た情報や秘密が、デジタル関連民間企業に流出する危険も看過できない。

(なお、仮に民間企業を退職した上で任期付職員として勤務する場合であっても、任期終了後、元の民間企業に戻ることが予定されていることも多いと思われ、同様の問題がある。)

2 標準化の押し付けにより、自治体独自の公共サービスが維持できなくなるおそれがある

(1) カスタマイズができなければ、自治体独自の行政サービスは困難になる

 地方公共団体情報システムが標準化されれば、標準化の対象外となる自治体独自の公共サービスを実施するためには、現在、運用されている情報システムを廃止して、新たに標準化された情報システムを導入した上で、これを再度カスタマイズする必要がある。

 ところが、このカスタマイズについて、「地方公共団体情報システムの標準化に関する法律案」第8条は次のとおり述べている。

「(標準化基準に適合する地方公共団体情報システムの利用)

第八条 地方公共団体情報システムは、標準化基準に適合するものでなければならない。

2 地方公共団体は、標準化対象事務以外の事務を地方公共団体情報システムを利用して一体的に処理することが効率的であると認めるときは、前項の規定にかかわらず、当該地方公共団体情報システムに係る互換性が確保される場合に限り、標準化基準に適合する当該地方公共団体情報システムの機能等について当該事務を処理するため必要な最小限度の改変又は追加を行うことができる。」

 同条によれば、自治体が独自の公共サービスを実施しようと情報システムをカスタマイズするためには、①「地方公共団体情報システムを利用して一体的に処理することが効率的であると認め」られること、②「当該地方公共団体情報システムに係る互換性が確保される」こと、及び③「当該事務を処理するため必要な最小限度の改変又は追加」であることという、3つの要件をいずれも満たすことが必要となる。

 しかし、とりわけ①③について、いかなる場合に、いかなる範囲で認められるかは不明であり、結局のところ、国が認めた場合でなければ自治体が独自の公共サービスを実施することは不可能となりかねない。

 実際、富山県上市町では、国民健康保険や医療費の事務システムについて、周辺7市町と共同でクラウドを導入していたところ、2018年6月に行われた上市町議会において、議員から「3人目の子どもの国保税の免除、65歳以上の重度障害者の医療費窓口負担免除」について、町独自の施策を行うことが提案されたのに対し、町長は「町単独でカスタマイズすることは、経費の節源に向けて(クラウドを)導入した決定意思に反する(コストがかかる)。」、「町単独で行った場合、県下のすべての医療機関にその制度を上市町が単独で導入しました、と通知しなければならない。支払方法も上市町だけが別の方法になってしまう問題がある(大変な手間がかかる)。」などと答弁して町独自の施策を行う提案を拒否した。

 上記上市町の事例を受けてなされた国会質問に対し、2018年4月26日衆議院内閣委員会で総務省は、「カスタマイズは行わないことを原則とすべき。ただし住民サービスの維持向上等の観点からカスタマイズ以外の代替措置で対応することが困難であるなどの事由がある場合には、やむを得ない」と、事由がある場合にはカスタマイズを行う余地がある旨答弁した。また、2020年6月26日に出された第32次地方制度調査会答申では、この問題について「(カスタマイズは)地方公共団体が、合理的な理由がある範囲内で、説明責任を果たした上で標準によらないことも可能とする」との答申がなされている。

 ところが、2021年2月4日になされた自治労連による総務省ヒアリングでは、「カスタマイズは想定していない」、「国が定めた標準に自治体が従うことは、努力義務ではなく義務としたい」旨の発言がなされている。上記国会答弁や答申内容からさらに後退するものであり、自治体が独自の施策や独自の住民サービスを行うためのカスタマイズは極めて困難となる。

 このことは、自治体デジタル化のための財政負担の観点からも指摘をすることができる。同計画では「地方公共団体情報システム機構に基金を設け、自治体の取り組みを支援する。」として、必要となる準備経費やシステム移行経費に対する補助を行うとしているが、そこで補助の対象として明文で挙げられているのは「基幹系情報システムについて『(仮称)Gov-Cloud』上の標準準拠システムへの移行」のみである。すなわち、新たなシステムを導入する経費について補助は受けられても、既存のシステムの解約や違約金支払いにかかる経費や、カスタマイズのためにかかる経費については、補助が受けられるかどうか不明である。上記総務省ヒアリングでの発言内容からすれば、自治体が独自の住民サービスを行うためにカスタマイズを行おうとした場合、その費用が全額自治体負担となるおそれもある。

 加えて、全国町村会では、大規模自治体と小規模自治体とで同じシステムを利用する場合、小規模自治体ではかえって非効率となり、過剰な経費がかかることにもなりかねないとの危惧の声があがっている。小規模自治体が、国の標準準拠システムの導入により、むしろ非効率な事務を押し付けられ、過剰な経費を要することとなった場合、住民サービスの低下にもつながりかねない。

 以上のように、国による標準化の押し付けは、自治体が、住民の福祉向上の観点から、独自の施策や独自の住民サービスを行うことを極めて困難にし、また、現在ある独自の住民サービスを後退させるおそれがある。それは地方自治の否定である。

(2) 標準化やカスタマイズは、憲法の地方自治の本旨、地方自治法に沿って行われるべき

 子どもの医療費無償化や税・国保料・介護保険料の独自減免、学校給食費の無償化など、それぞれの自治体が、それぞれの地域の特性や住民のニーズに対応して、住民のくらしや福祉に関わる制度や手続きを、独自に様々な創意工夫をしながら実施している。

 そして、地方自治法2条13項(地方分権推進委員会第一次勧告に基づく1999年改正で新設)は、「法律又はこれに基づく政令により地方公共団体が処理することとされている事務が自治事務である場合においては、国は、地方公共団体が地域の特性に応じて当該事務を処理することができるよう特に配慮しなければならない。」と定め、国に対して、地方自治体が行う自治事務について「特に配慮」することを法律で義務付けている。これは、国が、自治事務に関して法令で定める場合であっても、地方公共団体の裁量や選択の余地を確保し、地方公共団体が自主性・自立性を発揮してその自治事務を処理できるよう、国に「特に配慮」することを義務付けたものである。

 地方公共団体情報システムの標準化に関する法律案などのデジタル改革関連法案、そして、自治体DX推進計画による国の標準準拠システムの導入、そして、システムのカスタマイズに関しては、上記地方自治法の定めに従って、自治体の事務に「特に配慮」することが求められている。

3 窓口業務の無人化・廃止により、住民の人権を守る機能が失われるおそれがある

(1) 窓口の無人化・廃止による自治体職員の削減が狙われている

 総務省の自治体戦略2040構想研究会の第二次報告(2018年)では、「破壊的技術(AI・ロボティクス等)を使いこなすスマート自治体へ」、「従来の半分の職員でも、自治体が本来担うべき機能を発揮できる仕組みが必要」などと提言がなされてきた。

 また、「人からICTへシフトし、人が介在しなくとも完結するサービスの分野を広げていく」[1]、「場合によっては、AIやマイナンバーカード等を活用した無人窓口も実現可能なのではないかと思う」[2]、「民間では既に窓口の廃止が進んでいる(注 鉄道の切符、銀行のモバイルバンキングなど)。…自治体においても、窓口を便利にするのではなく、窓口をいかになくすか(来なくてもいいようにするか)を考えるべき」[3]など、総務省においてデジタル化を推進している担当者らが、窓口の無人化や窓口の廃止に向けた発信を繰り返している。

 上記総務省ヒアリングにおいては、「住民にオンラインの使用を義務付けることは考えていない」、「高齢者などオンラインに対応できない住民のために従来の窓口は残す」とされたものの、これまでの研究会報告や上記発信からすれば、オンラインの利用に伴って窓口業務が縮小され、将来的には無人化や廃止が狙われていることは明らかである。

(2) そもそも窓口業務の役割とは[4]

 自治体のデジタル化が強引に推し進められ、それにより窓口が無人化・廃止されることになれば、役所への申請や届出を受け付ける窓口はなくなり、支所や出張所は廃止されることになる。申請や届出については、スマートフォンやパソコンなどの端末からインターネットを通じてオンラインで行われることが原則となり、その処理も自治体職員を介することなくデジタルやAIによって自動的に処理される。本人確認も、マイナンバーカードや顔認証により自動的に判別される。役所へ問い合わせたいことがあれば、ホームページにアクセスして問い合わせ、その回答もAIが行う。電話で職員に応対を求めても断られ、AIの利用を薦められる。職員と直接面談での相談をしたい場合にも、別途オンラインでの申込みが求められる。

 このように、自宅や会社の端末から役所への申請や届出を行うことが可能になれば、一見、スマートで利便性の高い、生産性の高い自治体業務や行政サービスとなるようにも見える。しかしながら、それは、あくまで「自助」で対応できる企業や住民にとってのものに過ぎない。

 自治体の窓口業務は、単に申請や届出の受付を形式的に行うだけのものではない。そこでは、以下にいくつかの例を挙げるように、住民を最善の行政サービスにつなぎ、住民の人権、とりわけ生存権を保障する役割を果たしている。

① 納税の窓口では

 税金を滞納している住民の生活の状態を聞き取り、減免の要件に該当すると認められる場合には、分割納入や減免申請ができることを説明したり、生活保護の窓口を紹介して担当部署につなぐ。税金のほかに滞納している公共料金がないかを訊ね、国民健康保険料も滞納していることがわかれば、保険証が取り上げられて病院に行けなくなることがないように、国保料をまず支払うように助言して、国保の担当部署につなぐ。

② 妊娠届を受け付ける窓口では

 妊娠届の受付窓口は、妊産婦や乳幼児の状況を把握する重要な場所になっている。とりわけ、自治体の設ける「子育て世代包括支援センター」では、妊娠届出書に独自のアンケート設問を設け、職員が面談でコミュニケーションをとり、相手との信頼関係をつくりながら、当人の状況を把握している。経済的な困難を抱えたり、夫からDVの被害を受けているおそれがあるなど、職員が問題を早期に発見し、当人に必要とされる支援策を紹介して、利用を働きかけている[5]。そして、厚生労働省が、同センターを設置している市区町村を対象に調査を実施したところ、87.8%の市区町村が「妊娠の届出・母子手帳の交付時の面談」を、「妊産婦・乳幼児等の継続的な状況の把握のために十分に活用している」と答えている。

③ 窓口を通じて支援が必要な市民を発見し、行政の側から支援を働きかける

 滋賀県野洲市は、住民の生活困窮を予防するために「くらし支え合い条例」(2016年10月1日施行)を制定した。税金、国民健康保険料、介護保険料、市営住宅家賃、上下水道料金、学校給食費など公共料金を取り扱うすべての窓口で、住民の生活状態を職員が共有化して支援する体制を取っている。このように行政の側から生活困窮者を早期に発見して支援につなぐ方式を導入したことにより、事態が深刻化してから寄せられる多重債務の相談件数が年々減少している。厚労省も生活困窮者対策のモデル自治体として紹介している。野洲市の担当職員は「生活困窮者には、自ら解決策を見出すことが難しくなっているばかりか、自らSOSを発することも難しくなっている方々も多い」とし、窓口業務には、対象者を発見して積極的に手を差し伸べる「アウトリーチ」の役割を果たすことが必要だとのべている。[6]

 このように、自治体の窓口業務にあたる職員は、窓口を越えてアンテナを張り、住民にアクセスし、必要な行政サービスを届けることにより、住民のいのちと暮らしを守っている。

 とりわけ、格差と貧困が拡大している中で、貧困・DV・虐待などさまざまな困難を抱えながら、それを自己責任としてあきらめ、または内面化し、自治体の窓口に相談することすらできない住民が増えている。そうであればこそ、そうした住民の人間としての尊厳を守りつつ、自治体の方から積極的にアクセスする必要性は高まっている。

 自治体の窓口業務の無人化・廃止は、こうした自治体の役割を否定することであり、住民、とりわけ社会的弱者とされる人々のいのちと暮らしそのものを脅かすものである。

4 住民の個人情報保護が脅かされる

 デジタル社会形成基本法案においては、「インターネットその他の高度情報通信ネットワークを通じて自由かつ安全に多様な情報又は知識を世界的規模で入手し、共有し、又は発信するとともに、先端的な技術をはじめとする情報通信技術を用いて電磁的記録として記録された多様かつ大量の情報を適正かつ効果的に活用する」ことがうたわれている。自治体DX推進計画においても、「多様な主体との連携により民間のデジタル・ビジネスなど新たな価値等が創出されることにより、我が国の持続的かつ健全な発展、国際競争力の強化にも繋がっていくことが期待される。」と述べられている。ここからも明らかなように、デジタル改革関連法案及び自治体DX推進計画においては、国や地方自治体が保有する住民に関する情報を標準化した上で、民間企業が「価値創造の源泉である」その情報にアクセスして利用することが当然に想定されている。

 また、これに先立つスーパーシティ法においても、「複数の先端的サービス間でデータを収集・整理し、提供するデータ連携基盤の整備事業を法定化し、事業の実施主体が、国、地方公共団体等に対し、その保有するデータの提供を求めることができる」とされ、住民個人の商品購入履歴や医療、金融、行政情報など、生活全般にまたがる膨大な個人情報のデータを、国や自治体からの委託を受けて事業主体となる民間企業が収集し、営利目的に活用できるとされている。

 これらの情報が「活用」されることで、本人の趣味嗜好、思想信条、宗派、健康状態、性癖、性格、行動パターン、能力、信用力などがプロファイリングされ、評価、分類、選別、等級化され、行政や民間の各種サービスにおいて恣意的に誘導や制限、排除、優遇されることにつながっていくことは明らかである。

 デジタル改革関連法案においても、自治体DX推進計画においても、一応、個人情報保護の重要性は指摘されている。しかしながら、デジタル社会の形成を図るための関係法律の整備に関する法律案において改正の対象となっている個人情報保護法やマイナンバー法の改正内容、及び、マイナンバーを利用して預貯金口座を管理することを目的とした2法案の内容を見れば、マイナンバーカードの利用拡大を通じた情報収集や情報連携の拡大が図られ、個人情報保護制度について全国的な共通ルールの規定と所管の一元化による情報利用の促進が図られている。個人情報保護よりも、個人情報の収集と利用に重点が置かれていることは明らかであり、住民の個人情報保護が脅かされるおそれがある。

 

第6 おわりに

 今通常国会に提出され、審議されているデジタル改革関連法案と、それに先立って総務省が発表し、進めている「自治体デジタル・トランスフォーメーション(DX)推進計画」は、本来公共的観点から進められるべき自治体の政策・意思決定が、利害関係を有するデジタル関連民間企業によって歪められ、自治体が住民の福祉の向上の観点から独自に行っている施策を後退させ、窓口業務の無人化・廃止により住民の基本的人権を守る自治体の役割を放棄し、さらには、住民の個人情報保護を脅かすものであり、極めて重大な問題を有している。本来、デジタル技術は「住民の福祉の増進」の観点から、十分な議論のもと、住民の理解と合意の上で導入されなければならないものである。現在進められているデジタル改革関連法案の拙速な審議、自治体デジタル化の拙速な導入は許されない。

以上

[1] 植田昌也(総務省自治行政局行政経営支援室長兼2040戦略室長)「月刊地方自治」864号2頁(2019年)。

[2] 阿部知明(総務省大臣官房審議官)「月刊地方自治」873号2頁(2020年)。

[3] 村上文洋(三菱総合研究所デジタル・イノベーション本部主席研究員、内閣官房オープンデータ伝道師、総務省地域情報化アドバイザー)「月刊ガバナンス」2019年7月号。

[4] 詳しくは久保貴裕「デジタル化と公務労働~窓口業務の役割から考える」自治労連・地方自治問題研究機構「研究と報告」№138(2020年10月5日)http://www.jilg.jp/research-note/2020/10/05/1399

[5] 厚生労働省「子育て世代包括支援センター業務ガイドライン」( 2017年8月) 3 頁。

[6] 滋賀県野洲市の取り組みについては、 「首長インタビュー66「未来への地方自治」山中善彰さん(滋賀県野洲市長)(注 当時)」「自治と分権」71号(2018年春号)、生水裕美「野洲市生活困窮者支援事業-おせっかいでつながりあう仕組み」「自治実務セミナー」 2016 年4月号22頁、本後健「『生活困窮者支援制度』をどう活用するか」「自治実務セミナー」同号8頁も参照。

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