被災地を通じて考え、交流した2日間!
第30回自治体にはたらく青年のつどいin岩手

 5月25日(土)~26日(日)、「第30回自治体にはたらく青年のつどいin岩手」を岩手県大船渡市・釜石市で開催、20地方組織123名が参加しました。

 参加者は、新花巻駅・花巻空港からバスで移動し、陸前高田市を経由して、開会会場である大船渡市へ移動しました。バス内では、3・11当時の津波被害のDVDを上映し、当時の津波の被害、威力を改めて目にしました。陸前高田市の「川の駅よこた」では、被災前の陸前高田市の街並みの写真を見たり、大船渡市職、陸前高田市職労の青年の話(現地の状況)をバスに乗車しながら聞きました。大船渡市職の仲間(岩手自治労連青年部長)は、「当時停電で情報が入らない中、車のテレビで状況を知った。アナウンサーが震えた声で『沿岸部は壊滅状態』といったことが忘れられない。陸前高田市では1割近くの方が、亡くなり行方不明になった。大船渡と地形の違いなどもあり被害状況が違う。今職場は税務課で家屋評価の担当で、新築の家屋申請が震災前の3~4倍の数である」とバス車内から被害状況などを報告や、震災以降の業務について語ってくれました。

 開会では、主催者あいさつに立った熊谷一会自治労連青年部長が、「被災地で開催するこのつどいで参加者一人一人がいろいろなことを考えて参加をしてもらいたい。そして多くのことを学び、全国の青年と交流をし、明日からの仕事に、労働組合に役立ててほしい」とあいさつをしました。

 続いて、岡﨑加奈子自治労連青年部書記長が基調報告。「震災から2年2ヶ月が経ち、このつどいを開催することで、被災地の『今を知ってほしい』という声と、全国の青年の『被災地の今を知りたい』に応える集会にしていきたい。今の復興の現状を知り、この2日間で見たこと、聞いたこと、学んだことを地域、職場に帰って多くの人に知らせよう。また、それぞれの自治体の防災や、公務労働者の役割、労働組合の役割について、考えるきっかけとなる集会となるよう、全国の青年と学び、交流しよう」と、開催地である被災地を通じて見る自治体労働者の現状や情勢などを報告し、集会の目的を確認しました。

想定外の連続の中でも奮闘する、それが自治体労働者の仕事!

 一日目の講演は、大船渡市職員組合書記次長の新沼優さんによる『被災地を通じて考える自治体労働組合の役割』。新沼さんからは、1000年に1度と言われる大震災の中で、復興当時の状況などをまじえ、講演をしていただきました。「地震直後沿岸部に向かったが、朝見た姿とは全く変わっていた。防災計画などのマニュアルは機能せず、自分でどう考えて、どう動くか、行政としてどういうことが出来るか考えなくてはいけなかった。まず行動したことはプールの水をトイレなどのタンクに移す作業だった。道の復旧のため、震災当日から地元の建設業者に依頼し、ガレキでいっぱいになった道路を通行できる様確保することが優先的だった。自治体職員として、ご遺体と向き合うこともたくさんあった。ご遺体を発見する度、『見つかってよかった、やっと帰れるね』と心の中で思っていた。誰かがやらなくてはいけない仕事、想定外の連続、それが自治体労働者の仕事であった。復旧復興を進める中、頑張っていた職員も半年、1年経つとメンタルで休む職員も少なくなかった。復興の膨大な業務の中、派遣職員など全国の自治体職員の応援があるから頑張れている。高台移転などで復興が迅速に進まず、『復興が遅い』と言われる。用地の問題など、被災から時間が経つにつれて難しくなっている。『目に見える復興』をどういう形で進めていくかが今の課題である。この2日間、復興についていろいろ学んでほしい。これからも被災地で仲間が頑張っているということを忘れないでほしい。」と被災当時から自治体職員として奮闘された話をしていただきました。

 その後、椿の里大船渡ガイド会の方による大船渡市内の被災の状況をバスで移動しながら解説をしてもらいました。「3月11日14時46分、大きいところで震度6弱の揺れを感じ、その後35分から40分で津波が到達した。多くの方が亡くなられ、公的施設などが遺体安置所となった。岩手県内のガレキは525万トン、そのうち75万トンが被災直後大船渡市内にあった。第1選別所で7種に分けたものを第2選別所でさらに細かく分け、市内のセメント工場の工炉を活用し、県内でもガレキの処理を早く行うことが出来た。仮設住宅に住む人々は、これからの生活に不安はあるが、その中でも少しずつ前に向かって進んでいる」と話されました。バスは市内のサン・アンドレス公園に向かい、「この公園にある『鎮魂愛の鐘』を皆さん鳴らしてください。そして、多くの被害に遭われた方の追悼をしてほしい」とガイドの方に言われ、参加者は鐘を鳴らし、津波の跡が残る公園を歩いて、当時の津波による被災を想像していました。

岩手自治労連青年部が大活躍!交流を深めた夕食交流会

 夕食交流会の会場である釜石市・陸中海岸グランドホテルも津波被害に遭った施設で、昨年11月にやっと営業を再開しました。交流会の冒頭、ホテルの方から、「3・11の時、妻を亡くした。ホテルの再開も悩んだが、今こうして多くの方にご宿泊いただけることに感謝をしている」と話していただきました。
 続いて、開催地の釜石市職員労働組合委員長からの乾杯の発声とともに、交流会はスタートしました。
 地元岩手自治労連青年部によるご当地クイズでは、グループごとで相談しながら回答し、交流を深めました。景品として岩手県内単組のご当地の品々と、上位のチームには山田町産のウニが振る舞われ、参加者は大いに盛り上がりました。岩手自治労連青年部の単組紹介の後、派遣職員として被災地に来ている青年3名から、「派遣元の単組から声がかかり今回参加した。今は被災地の皆さんに迷惑をかけないように仕事を一生懸命したい」と自己紹介と抱負を語ってもらいました。最後にみんなで記念撮影を行い、交流会は終了しました。

自治体の仕事とは、労働組合とは、を語り合った分散会

 2日目は、12班に分かれ「自治体の仕事とは」「労働組合とは」を青年同士で語りあう分散会を開催しました。

 それぞれの班、岩手の青年から当時の話をしてもらい、その後全国の青年から3月11日当時の話をそれぞれ行いました。

 復興について何が出来るか、また自分たちの自治体でもし災害が起こった場合どういったことが出来るかを、1日目の新沼さんの講演もふまえ話し合いました。
 参加者からは「3・11のようなことが起こった時に、自分の自治体で自治体職員として、業務にあたれるかが心配」「当時民間に勤めていたが、当時は社長からまず自宅が大丈夫か帰れと言ってもらえた。
 しかし自治体労働者はそういうわけにはいかないだろう」「実効ある防災計画などを労働組合の視点で考えていくことも大切」など様々な意見が出されました。70分という短い時間でしたが、青年の立場で一人ひとりの考えを交流することが出来ました。

被災地を通じて労働組合の役割を再認識

 2日目の講演は岩手自治労連佐藤一則執行委員長による
『「大震災」に負けない。希望をもって一歩ずつ。地域の再生・復興へ、地域住民と共に歩む自治体労働者に』をテーマに講演をいただきました。

 震災以降、職員自らも被災しながら『自治体はどんな時でも生きていなければならない』と不眠不休で業務にあたった自治体労働者の奮闘を紹介してくれました。
 「岩手自治労連として当初は批判があるのではと思いながらも、『住民の暮らしと命を守るために自治体労働者をしっかり守ろう』と全国の支援をいただきながら、連日被災自治体と自治体職員に支援物資を提供した。防災計画も役所は大丈夫の前提で作られており、機能が発揮できなかった。書記局が被災した単組も『こんな時だから組合員の拠り所の書記局の再建を』と要求し、確保をしてきた。この間、集中改革プランなどにより職員は削減されてきた。復興業務には人手が足りず、任期付職員や全国から派遣職員の応援をしてもらいながら、業務にあたっている。自治体労働者が元気でこそ、被災地の復興が進む。これから未来ある青年に、被災地を通じて政治の矛盾を感じて勉強をしてほしい」と青年にエールを送っていただきました。

 まとめでは熊谷青年部長が、「このつどいではフィールドワークを通じて被災地を感じて学ぶ2日間だった。講演を聞いて、『公務員バッシングがある中でも、縁の下の力持ちで頑張っている公務労働者に誇りを持っていい!』と感じた。多くの青年にそれぞれの職場や単組にこの2日間で学んだことを持ち帰って考えてほしい」とまとめました。

 最後に、参加した全国の青年が被災地へのメッセージを垂れ幕に寄せ書きし、6月4日~7日に開催される岩手自治労連青年部主催の県内一周反核平和マラソンに「被災地の一日も早い復興を」の想いを込め、岩手の青年の仲間に送りました。

 「自治体にはたらく青年のつどい」では、多くのことを青年が学び、明日につながる一歩になりました。被災を通じて、自治体労働者としての役割、労働組合の役割を感じ、学ぶ2日間でした。