自治労連は、6月10日、福島原発事故の真相と自治体のあり方を学び、住民や自治体労働者の運動を交流するために、「原発推進政策の転換と自治体の役割」と題する学習交流会を開催。この日午前中には、経済産業省への要請、交渉を実施。青森から佐賀に至る原発立地県の地方組織代表をはじめ諸団体からも参加がありました。

記念講演 「福島原発災害を考える」
          柳町秀一さん(原発問題住民運動全国連絡センター事務局長)

 エネルギー政策の転換は自治体から
 福島原発事故は、原発依存の結果がもたらしたものであり、原発に将来のエネルギーを委ねることは危ういことだ。エネルギーを再生可能エネルギーに転換すべきことは間違いないが、スローガンだけではだめで、具体的に、日本にある小さなエネルギーを汲みつくすというスタンスを固めることが必要だ。日本にある資源で一番あるのは水だ。ダムではなくマイクロ水力で活用を図る、風力、太陽光、その他、小さなものまで使い切り、ローカルエネルギーネットワークを作ることが必要だ。今の日本では10%程度でしかない。全ての再生可能エネルギーを使い切るためには、自治体が中心となり、市民参加と検討によるエネルギー政策を実現していくしかない。

 ドイツのフライブルク市は、市でエネルギー局を持ち、全体を管理している。公共交通、自動車、自転車をそれぞれ3分の1とする町づくりをしている。デンマークのエネルギー自給率は400%であり、中心は風力となっている。このくらい大規模に転換しないとだめだ。今の電力会社に依存した体制では、電力会社がエネルギー政策の転換を積極的に進めることはなく、そのため日本の電力を使いきれない、また、通産省・農林水産省、国土交通省など省庁の壁を破らないと実現できないが、自治体が中心となった取り組みがこの壁を打ち破ることができる。

 「原発の危険に反対」する国民運動を
 原発からの撤退が国民的議論の的となっている。原発廃止の運動の力をつけるためには、「危険な原発に反対」というより、誰でもが反対しない「原発の危険に反対」する運動を広めていくことが重要だ。

特別報告「福島県内に広がる不安、被害、対策」
          酒井誠さん(自治労連福島県本部副委員長)

 3月11日の東日本大震災に対して、多くの県民は、これほど大きな地震と津波が起こることは予想していなかった。福島は地盤が強く大きな災害にはならないと考えていた。チェルノブイリ原発事故についても、ロシアの技術が未熟であったためと見ていたところがある。プルサーマル導入反対については、データーの改ざんなどに対する抗議はおこなったが、県民の十分な理解は得られず力量不足が悔やまれる。

 県内は、原発の半径20キロ圏内に立ち入りできず、ゴーストタウンとなっている。行方不明者を探すこともできず、数十年戻れないという思い。あらゆる英知を結集して事故を収束してもらいたいというのが県民の願いだ。これに反し、メルトダウン、メルトスルーという報告が出ている。工程表も「絵に描いた餅」で、何度も見直しを迫られている。校庭の土を剥がして埋める作業が始まったが進まない。郡山は汚染地区で、1.5マイクロシーベルトと平常時の30倍となっている。補償については、被災者の保障に指定地域で線引きさせないことが大切だ。団体への賠償の話は始まっているが、個人は遅れている。個人の賠償申請を支援していく。県の共同センターとして事故収束と賠償関係の署名とアンケートを、県内地方紙2紙に50万部織り込んだ。6月25日に、県労連・民主団体で、「原発なくそう、取り戻そう福島」集会を1000人規模で準備している。

 復興財源について我々も論議し、県民に訴えていきたい。自治体財政の問題として、双葉町は1基20億円の原発交付金を当てにした財政になっており、財政難から7・8号基建設計画もあった。地方財政をどうするかが課題だ。原発について、東電と政府は、安全性を確保した上で原発を再開するとしている。本日行った経済産業省への要請では、原発を人災だと明確に認めていない。原発廃止の運動を、福島から世界に発信するときだ。

特別報告「浜岡原発を全面廃止へと追い込んだたたかい」
          林 克さん(静岡自治労連委員長)

 世界一危険な浜岡原発~デマと金でつぶされた原発反対運動
 5月6日に、菅首相が中部電力に対し、浜岡原発停止を命じた。同日の日中に浜岡原発全面停止を呼びかける宣伝行動を行った直後だけに喜びも大きかった。しかし、まだ、溶解熱は出ており、気を許すことはできない。浜岡原発は世界一危険な原発と言われている。30年内に87%の確立で大地震が起きると予測される震源地の真上に建てられているからだ。浜岡原発は71年1号機、73年2号機、82年3号機が着工されてきている。当時、「漁業を守れ!」など地元の運動は大きく盛り上がった。放射線に反応するムラサキツユクサを植え、「原発事故が起きたときには、この風船が落ちたところまで被害が及ぶ」と書いた返信付きの手紙をつけた風船を飛ばすなどの創意工夫に満ちたものであった。これに対し政府・中部電力は、「各家庭に温水の飲み水を無料で配る」「地震が来たら一番安全な原発に逃げろ」などのデマとお金で反対運動をつぶしてきた。

 県民の要求としての原発反対運動の力が浜岡原発全面停止に追い込む
 09年8月11日にマグニチュード6.5の駿河湾地震が起き、浜岡原発が停止し、静岡県民の不安が広がった。5号機は想定より大きな揺れにあい長期運転中止となった。県内で原発反対の運動が再度盛り上がり、10年9月の学習会で運動の力ができた。3月11日の大震災の日は、春闘討論集会の予定だったが、3日連続で反原発の署名・宣伝行動に切り替えた。2人一組の署名では1時間で99筆集まる、車を留めて聞き入る、飴を持って激励にくる、店に署名を置くとの申し出がある、母親、ネクタイを締めた会社員、特に高校生・若者が群がるように署名に集まるなど大きな反響があり、住民の要求に確信が持てた。4月20日には、20歳代の若者が提起し、インターネットで仲間を集め、「菜の花パレード」が行われ、1,000名が参加した。主催者の不慣れな様子から、新しい層の参加であることが分かった。静岡には4つの運動があり、それぞれの運動の力が浜岡原発を全面停止に追い込んだ。

 全面停止の2年間で県民・首長を巻き込む取り組みを進める
 自治体キャラバンで15の自治体と懇談した。原発事故については自治体も困っている。これに対して、県の原子力安全対策は、63年に作成した避難方針が生きており、その中には「浜岡原発は地震が起きればすぐに停止するので事故は起きない。津波の避難対策だけすればよい」となっている。県は実態に合わないことを認め、防災対策を作り直すことになった。浜岡原発で働く200名の労働者の健康管理も要求していく。7月23日には、原子炉廃炉の一点で結集し、県民集会を開催する。シンボルカラーはひまわりの黄色とした。静岡自治労連では、黄色のひまわりをペーパーフラワーで5,000本作ることとした。浜岡原発の停止は2年間とされている。この2年間で県民、自治体首長を巻き込む取り組みを進めていく。

 最後に当面の行動として、①原発署名の推進、②学習会の開催、③自治体要請、④「原発ゼロに向けた自治労連の政策と要求」の作成、⑤「原発ゼロをめざす7.2緊急行動(明治公園)」への参加を提起し終了しました。