いい旅ニッポン見聞録2016年6月号 Vol.511

愛知県半田市

受け継がれる歴史と文化

蔵のまち、山車のまち、南吉のまち
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▲今もなおモダンな半田赤レンガ建物には先人の心意気が伝わってきます

 長靴の形をして南に伸びる知多半島は、海へ漕ぎ出す最前線として、縄文時代から人が住み始めた地域です。

 今回ぶらっと散策を楽しんだ半田市は、知多半島のほぼ中央にあり、江戸時代、特産の酒、酢の醸造で栄えた町です。これらを江戸へ運ぶことで、海運業も発展。日本酒の製造後に残る酒粕で作った酢は、米を用いた酢より安価であったため江戸庶民に寿司が普及する要因となったとも言われています。

 半田運河に建ち並ぶ醸造蔵は、周辺に酢の香りが漂い、環境省の「かおり風景100選」に選ばれています。

 また半田は、『ごんぎつね』『手袋を買いに』など、知多半島の風土を背景に、哀しみの中にも心の通い合いや、美しい生き方といった普遍的なテーマが描かれた童話で著名な新美南吉のふるさとでもあります。「新美南吉記念館」は、『ごんぎつね』の舞台となった「中山」(生家の近く)に建てられており、秋には、近くを流れる矢勝川の土手が、赤い彼岸花で埋め尽くされます。

 1910(明治43)年に設置されたJR最古の跨線橋がある半田駅をスタートして「酢の里」博物館や半田運河、酒の文化館、紺屋海道を経て、半田赤レンガ建物へ辿る散策コースは、郊外(岩滑)にくらしていた南吉が、半田の中心街に出る際に歩いたゆかりの道で、この辺りには、南吉がよく利用した書店「同盟書林」(現在も営業)や喫茶店もあります。

 明治時代、日本のビール黎明期、大都市を控えた既存4大ビールメーカー(サッポロ、アサヒ、キリン、エビス)に挑戦した一地方都市のカブトビール。今となっては幻のビールとなってしまいましたが、その醸造工場として1898(明治31)年に建設されのが、半田赤レンガ建物です。太平洋戦争の半田空襲の際に硫黄島からのP51戦闘機(ムスタング)から受けた機銃掃射の傷跡が現在でもその壁面に残っています。

 ぶらっと立ち寄って、赤レンガ建物を見上げれば、先人の心意気など、その歴史を全身で感じることでしょう。

 江戸の繁栄から、多くの豪商を生み出した半田は、精緻な彫刻と豪華な刺繍幕、精巧なからくり人形で飾られた数多くの山車も現在に残しています。亀崎潮干祭をはじめとする「春の山車祭り」そして、5年に一度市内31輌の山車が集結する「はんだ山車まつり」(次回は2017年10月頃)は半田が誇る華麗で勇壮な文化です。

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▲海運業で栄えた江戸風情を今に残した半田運河に建ち並ぶ醸造蔵
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▲新見南吉記念館では童話『ごんぎつね』をモチーフにしたオブジェが飾られています