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第99録 沿岸から内陸・山岳地域結び生活支えた「塩の道」

いい旅ニッポン見聞録 2026年5月号 Vol.630

遠州から信州へ道のり250キロ

沿岸から内陸・山岳地域結び生活支えた「塩の道」

静岡県遠州地域「塩の道」

▲現在の市街地や幹線道を縫うように走る

人が生きていく上で不可欠な塩。古くから、太平洋や日本海の沿岸部でつくられた塩が内陸部、そして山間部へ季節問わず運ばれていました。人や物の往来が増えるにつれ、塩だけでなく海産物や農作物なども運ばれる交易路として発展していきます。

秋葉街道と重なり発展したにぎわいの道

塩を内陸へと運ぶこの交易路は「塩の道」と呼ばれ全国各地に存在しました。

なかでも静岡県では、牧之原市の遠州灘沿岸でつくられた塩が相良湊(さがらみなと)に集められ、県内を経て信州へと運ばれ、その道のりは250キロを超えます。終点とされる長野県塩尻市は「塩」の道の終わり「尻」が地名の由来との説もあります。

遠州地域では秋葉神社への信仰道である秋葉街道と重なって道沿いには商店や宿場が立ち並び、多くの人で賑わいました。

江戸時代後期、遠州灘では揚げ浜式製法で塩がつくられていました。しかし、その後瀬戸内海沿岸ではより生産量の多い入浜式製法が広まりました。生産量が増えたことで塩の流通経路が変化し、遠州地域の塩の道は次第に役割を終えていきます。現在では、幹線道路の整備がすすみ、当時の塩の道は住宅街のなかにその面影を残しています。

今も残る歴史の跡とよみがえる道の形

交易道としての役割は失われましたが、いたるところに当時の跡を残しています。沿道の随所にみられる秋葉山常夜燈、菊川市の塩の道公園、「塩買坂(しょうかいざか)」という名の坂道、掛川市には「塩町」という名の地名があるなど、塩の道だったことがうかがえます。

近年では、小さな看板や石標識が置かれ、サイクリングやトレッキングのコースとして観光にも活用されています。幹線道路の脇に沿って、時には道路を横切るように残る塩の道をすすむと、今まで知らなかった地域の魅力を発見できるかもしれません。

▲道に沿って石標が置かれています

▲沿道の随所にみられる秋葉山常夜燈

▲地域のさまざまな団体が塩の道を残そうとしています