メニュー

第84録 災害列島の私たちに呼びかける作家・吉村昭

いい旅ニッポン見聞録2023年9月号 Vol.598

思い引き継ぐおしどり作家夫婦の旅

災害列島の私たちに呼びかける作家・吉村昭

東京都荒川区・吉村昭記念文学館

▲2階吉村昭記念文学館入口

都電荒川二丁目駅を降りるとすぐ目の前に「荒川区立ゆいの森あらかわ」が見えます。その2階と3階にある吉村昭記念文学館を訪れました。

吉村昭と災害

吉村昭の名ですぐ頭に浮かぶのは『関東大震災』『三陸海岸大津波』。2階記念館に入ると、「自然災害と人間の営み」という常設展示があり、前記2著作の資料が紹介されていました。

後者の著作は1896(明治29)年、1933(昭和8)年、1960(昭和35)年に三陸沿岸を襲った大津波の実態を、前兆、来襲、被害、余波、救援などの視点から徹底的な取材と膨大な資料を基に明らかにしたものです。

「津波は、自然現象である。ということは、今後も果てしなく反復されることを意味する」

ここに吉村昭の思いが凝縮されています。吉村がこの世を去って5年後、東日本大震災発生。吉村が生きていればどう思い、どういう言葉を発したでしょう。

おしどり作家夫婦

図書館内にある3階記念館入口両側の棚には吉村の全著作がそろっており、貸し出しもできます。図書館と文学館の併設はすばらしい。ここには妻であり、作家である津村節子と歩んだ道が展示されています。作家の夫婦同業は地獄と言われるそうですが、2人はリスペクトしあい、相手の小説は読まないなど賢明に人生を過ごしてきたことが資料からうかがえます。

東日本大震災後、『三陸海岸大津波』は増刷され、津村節子は被災地へ印税を寄付。吉村昭亡きあとは仕事を引き継ぐように「かれの唯一の憩いの旅」だった岩手県下閉伊(しもへい)郡田野畑(たのはた)村や他の被災地を訪ね、『三陸の海』を発表しました。

吉村昭記念文学館と津村節子の出身である福井県ふるさと文学館とは2017年に「おしどり文学館協定」を結び、その翌年に合同企画・津村節子展を催しました。

帰りの都電に揺られながら、『関東大震災』と『三陸海岸大津波』は、災害列島の住人の一人として、再読しようと思いました。

▲企画展「吉村昭と東日本大震災」と「津村節子展」図録

▲再現された吉村昭の書斎