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第66録 文芸を通して〝歴史〟を知り自分を知る門(かど)に立つ

いい旅ニッポン見聞録2021年12月号 Vol.577

署名請願運動が創った県立文学書道館

文芸を通して〝歴史〟を知り自分を知る門(かど)に立つ

徳島県徳島市

▲徳島県立文学書道館南入口

ひとは、旅でも文学でも異国を巡った後、歳を重ねたら故郷に帰ってくるものかもしれません。今回の「見聞録」はそれを地でいきました。

11月9日に逝去した瀬戸内寂聴が館長・名誉館長だった徳島県立文学書道館は、文学館と書道美術館の複合施設です。人口83万(当時)の県で9万を超す署名請願運動から生まれました。愛称は「言(こと)の葉(は)ミュージアム」。一般公募で決まりました。寂聴はじめ徳島ゆかりの文学者25人、日本書檀の重鎮として活躍した小坂(こさか)奇石(きせき)、明治時代を代表する書聖・中林(なかばやし)梧竹(ごちく)ら著名な書家が紹介展示されています。ここでは文学者数人を紹介します。

大戦おこるこの日のために獄をたまわる

これは、その生涯が奔放な自由律俳句そのものだった橋本夢道(むどう)の句。夢道は治安維持法違反容疑で27カ月獄中生活を強いられました。終生無類の愛妻家でした。

 妻よ五十年吾(あ)と
   面白かったと
     言いなさい

籟(らい)病(当時の呼称)の悲惨を突き抜け、人間普遍の「いのち」を凝視、23歳で夭逝した北條(ほうじょう)民雄(たみお)、プロレタリア大衆小説を提唱・創作した貴司(きし)山治(やまじ)、生涯在野の民権運動を貫いた前田兵治(注)を掘り起こした佃(つくだ)實夫(じつお)…。

文学と書道それぞれの常設展示室、嵯峨野「寂庵」を模した書斎がある瀬戸内寂聴記念室、寂聴寄贈による近代女性史の膨大な研究資料などを収蔵する収蔵展示室があり、調査・研究に利用できます。

図書閲覧室は文学・書道に関する書籍約1万冊が開架され、今では入手が困難な郷土作家の単行本や現在発行されている『群像』などの文芸誌も閲覧できます。

また、館独自に「ことのは文庫」を発行しています。

自分を知る静かな空間

ひとは今昔の〝歴史〟のなかに生きています。〝歴史〟を知ることは自分を知ることにつながります。文芸作品は人物の内面から〝歴史〟に入っていきます。よく知る地名が出てくると、その作品が身近になり、そのなかに先人たちの営為をみることになります。こういう営為の累積の上に自分は今いるのだと。

徳島駅から15分、散歩の続きで林のなかを逍遥するような時を過ごせます。

【注】当時の新聞などに「請願気ちがい建白症」とあざけられましたが、署名集めを通しての啓蒙と請願は、前田兵治の阿波自由党が選択した一筋の道でした。たとえば大日本帝国憲法公布のあと、すぐ兵治たちは、「成人婦女子」を含む「普通選挙法獲得」の請願運動をはじめています。

▲常設展示「生田花世(はなよ)」のコーナー。
雑誌『青踏』などで活躍。戦後は『源氏物語』を講義する「生田源氏の会」を主宰しました

▲左から貴司山治『ゴー・ストップ』初版発禁本復刻、賀川豊彦ら「ことのは文庫」3冊、『橋本夢道全句集』、佃實夫『阿波自由党始末記』