悠湯 旅情2011年6月号 Vol.451

自由律俳句の俳人・種田山頭火 山口県防府市

「うしろすがたのしぐれてゆくか」 酒を愛し、行乞(ぎょうこつ)の旅を続けて

 種田山頭火は1882(明治15)年、防府市に地元で「大種田」と称された大地主の長男に生まれました。父親の放蕩によって11歳の時に母親が自殺。家勢は傾き、家屋敷を売り払い、再起を図った酒造業も自身の酒癖もあって破産。熊本市に移り、自殺を企てるも果たせずに出家。行乞流転の旅を送りながら句作を続けます。「なにしろホイトウでしたからの」と、山頭火の足跡をたどった山頭火句集の編者・村上護はそう言って困惑します。ホイトウとは、この場合、乞食というほどの意味でしょう。

 生まれた家は
 あとかたもないほおたる

 防府市街の山頭火生地跡に東屋と句碑があります。尾崎放哉と並ぶ自由律俳句の代表的歌人として残した俳句のほかは全てを失う人生を送った山頭火の足跡は「○○跡」としてしか残っていません。

 分け入つても
 分け入つても青い山

 生家跡からこの句碑をスタートして防府天満宮前の萩往還道までは「山頭火の小径」とされ、家々には木に書かれた山頭火の句に花が添えられています。

 ふるさとの
 水をのみ 水をあび

 防府駅てんじんぐち(北口)前には山頭火の銅像が、この句とともに建てられています。自分の銅像が故郷の駅前に建てられるとは思ってもみなかったでしょう。山頭火の俳句が評価され始めたのは70年代になってから、それまではごく一部に知られた存在でした。

 酔うてこほろぎと
 寝ていたよ

 大同駅から南へ30分歩いたところに、酒造業跡があり、今は酒の販売店となっています。道路の向かいにはこの句碑が建てられています。以前は酒造会社の醸造場がありましたが、この会社は今も「山頭火」という酒を造っていて、生家跡の句碑にこの酒が供えられていました。

 この旅、果てもない旅の
 つくつくぼうし

 1940年、松山市で没。58歳。酒を飲み俳友に迷惑をかけては後悔し、また繰り返す「どうしようもないわたしが歩いてゐる」と詠んだ旅の末に、故郷に迎えられ眠っています。
 また、防府駅から20kmほど離れた湯田温泉も山頭火ゆかりの地。駅周辺には5カ所の足湯があり、そのうちの一つである高田公園や温泉街にも山頭火の句碑が建てられています。

▲防府駅前の山頭火の銅像

▲今は酒販店になっている酒造場跡

 


温泉メモ

【山頭火生家跡】

所在地/
山口県防府市八王子2丁目
交通/
JR防府駅から車で5分
問い合わせ/
防府市役所観光振興課
0835−25−2148

【高田公園】

交通/
JR湯田温泉駅から徒歩5分
足湯利用時間/
午前10時〜午後10時
駅周辺5カ所の足湯は
すべて無料・屋根付き
問い合わせ/
湯田温泉観光案内所
083−901−0150

▲高田公園内の足湯