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第121館 辛亥革命を支えた日本の文化と風土

日本列島 おどろき・おもしろミュージアム2012年4月号 Vol.461

兵庫県神戸市垂水区 孫文記念館

辛亥革命を支えた日本の文化と風土

 20世紀初頭の清朝末期の中国。ホノルル留学中に欧米の近代思想を学んだ孫文は、衰退していく祖国の現状を憂い、革命を志しますが失敗して日本に亡命し、1905年に日本で革命の母体となる「中国同盟会」を結成します。以降、30年にわたる生涯の革命運動のなかで9年間も日本に滞在しました。1911年10月10日に中国本土で革命の炎が起こり、何度か挫折をくりかえしますが、やがて、中国全土を巻き込む辛亥革命へと発展していきます。  明石海峡大橋を間近に臨む舞子公園内に孫文記念館があります。記念館は、中国の辛亥革命の父と言われている孫文を顕彰する日本で唯一の博物館として、1984年に開設されました。建物は神戸を中心に活躍した華僑の貿易商・呉錦堂の舞子海岸にあった別荘内に1915年に建てられた八角形の中国式楼閣「移情閣(いじょうかく)」です。  移情閣は現存する日本最古のコンクリートブロック造建造物で、1983年には兵庫県に寄贈され、翌1984年11月12日(孫文の誕生日)に「孫中山(そんちゅうざん)記念館」として開館しました。現在の舞子公園内には2000年に移築され、国の重要文化財に指定されています。「移情閣」という別称は、窓から六甲山、瀬戸内海、淡路島、四国と「移り変わる風情」を楽しめることからその名が付けられました。  館内には孫文の著作や遺品などの貴重な資料が展示されているのはもちろん、自筆の石碑「天下為公」も残っています。興味を引くのは、孫文と著名な日本人との交流のコーナーです。孫文の思想と行動に共鳴し、革命を支えた義に厚い多くの日本人がいました。親交のあったその数は約300人。「日本は私の第二の故郷」と生前の孫文は言っていたといいます。特に神戸には18回も訪れています。その神戸の地で顕彰の場があることにきっと孫文自身が微笑んでいることでしょう。

▲記念館の全景

▲館内にある孫文の銅像

 


ミュージアムメモ
所在地/ 〒655−0047 神戸市垂水区東舞子町2051番地
交通/ JR舞子駅から徒歩5分、山陽電鉄舞子公園駅から徒歩6分
開館時間/ 午前10時〜午後5時(入館は午後4時30分まで)
休館日/ 月曜日(祝日の場合は翌日)、12月29日〜1月3日
入館料/ 大人(高校生以上)300円、小人150円、身障者など無料
問い合せ/ 078−341−2241