日本列島 おどろき・おもしろミュージアム2013年新年号 Vol.470

東京都文京区 文京区立森鴎外記念館

自治労連会館近くにオープン

 2012年11月1日、自治労連会館のある文京区に、生誕150年を記念し「文京区立森鴎外記念館」がオープンしました。  森鴎外は1862(文久2)年、石見国津和野(現・島根県津和野町)で、代々、津和野藩の御典医を務めた森家の長男として生まれました。10歳で父親と上京し、19歳で第一大学区医学校(現・東京大学医学部)を卒業後は軍医として勤務していました。22歳の時に衛生学研究のために命じられたドイツ留学が鴎外の人生に大きな影響を与え、後に『舞姫』『うたかたの記』などの作品を生みます。  26歳で帰国し、1892(明治25)年には30歳で家族とともに当時の駒込千駄木町(現・千駄木団子坂上)に転居し、改築して「観潮楼(かんちょうろう)」と名づけます。名前の由来は、2階から東京湾が望めたとされたことから。  「文京区立森鴎外記念館」は、この跡地に開館しました。館内は1階がショップ、カフェ、2階が図書室、メインとなる展示室は地下1階です。展示室の特徴は、節目となった年代・出来事での鴎外自身の言葉を掲げ、鴎外の成長を写真や年表などとともに追っています。また、父親としての鴎外を見せるコーナーもあり、5人の子どもは、茉莉(まり)、杏奴(あんぬ)、於菟(おと)、不律(ふりつ)、類(るい)、と興味深い名前です。鴎外はドイツで本名の森林太郎(りんたろう)に不便を感じていたことから、子には「世界でも通用するように」という思いで命名したといいます。  ゲーテ『ファウスト』訳、『山椒大夫』『高瀬舟』発表など、1922(大正11)年に60歳で亡くなる直前まで仕事を続けた鴎外。親友に伝え書き取らせた遺言は「余ハ石見人森林太郎(いわみのひともりりんたろう)トシテ死セント欲ス」。この遺言から、10歳で津和野を離れた鴎外の故郷への強い思いが感じとれ、見る者の涙を誘います。

▲団子坂側の記念館入口

▲千駄木駅周辺の商店街。開館を知らせるポスターやペナントもあります

 


ミュージアムメモ
所在地/ 文京区千駄木1−23−4
電話/ 03−3824−5511
交通/ 東京メトロ千代田線「千駄木」駅より徒歩5分
開館時間/ 午前10時〜午後6時(入館は午後5時30分まで)
休館日/ 第4火曜(祝日の場合は開館し翌日休館)・年末年始・展示替え期間
観覧料/ 一般300円(20人以上の団体240円)、中学生以下無料