大阪自治労連婦人部は11月28日〜30日に、原発事故で今も避難生活が続く福島へ、応援のツアーを実施しました。この取り組みについて、大阪自治労連婦人部長からのレポートです。

 大阪自治労連婦人部が企画した「福島応援ツアー」に、大阪から19人が参加しました。自治労連福島県本部の女性部長さんが仙台空港で合流し、総勢20名がバスに乗り込み、紅葉を両脇に見ながら福島に入りました。 現地で案内役の方と合流し、事故を起こした福島第一原発から10キロ圏内の請戸海岸、請戸小学校、浪江駅周辺、牛の殺処分命令に抗して、牛を飼育しながら頑張る「希望の牧場」等を視察しました。

 2日目は、浜通り農民連「野image004馬土(のまど)」で米の全袋検査について、大野台仮設住宅で2人の方からお話を聞きました。午後から旧富岡駅で案内人の民医連理事長・伊東さんと合流。常磐線特急の停まる大きな駅が津波をまともに受けて跡形もなくなり、家の中まで押し流された軽自動車が入り込んでいるのを見て、津波の恐ろしさを改めて実感しました。その後、伊東さん宅に隣接している障がい者の方たちの作業所で、当時の生々しいお話を聞きました。身寄りのない障がい者と職員十数人がそこにこもって避難したこと、避難と仕事の任務の板挟みで悩む職員のことなどが語られました。

 3日目は、浜通り医療生協の国井事務長から、震災当時の病院の状況を伺い、午後、福島再生可能エネルギー研究所の見学と、「原発ゼロを言うために、自分たちで電気を作る」と市民発電所(ソーラー)を設置稼働させた、郡山地方農民漣の方、同代表理事・橋本さんからお話を聞きました。

image005 昨年7月、自治労連女性部の企画で参加した時と比べ、瓦礫や打ち上げられた船、土台だけ残った家跡などは片付けられ、「仮の」中間貯蔵場が地区ごとに作られていましたが、「復興」にはまだまだ遠い状況だと思いました。しかるに国は「20ミリシーベルト受忍論」を押し付け、福島を切り捨てようとしているとしています。絶対に許せません。また、民家の解体をしている作業者も防護服は着ていません。「もう慣れた」というのです。会社も放置しています。そうやって慣らされて、忘れさせようとして、なかったことにしようと、国と東電はしているのです。 

 今回もお話をして下さった方々は皆さんパワフルで、そこには闘いと希望があるからこそなんだと思いました。

また、自治体労働者として、住民の生命と財産を守るために正面から向き合えるかどうかということを改めて突きつけられた思いがしました。

 自由時間は3日目のお昼1時間だけというハードな3日間で、参加者からは、衝撃とあまりにも多すぎる情報で「頭の中が整理つかない」という声もありましたが、誰もが「来てよかった」と感想を述べ、「帰って報告会をする」、「友達に話す」、「自分にできることをする」と、それぞれ力強い言葉で語ってくれました。