いい旅ニッポン見聞録2016年2月号 Vol.507

長崎市

ゆっくりと町を見渡し平和を尊ぶ

地に刻まれた傷跡
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▲爆心地公園にある黒い御影石で作られた原爆落下中心碑。その周りには全国の思いが詰った折り鶴が飾られる

 今回は長崎市内を散策しました。長崎市内はとても坂が多く、訪れたときは太陽が燦々と降り注ぎ、歩くたびに汗がしたたり落ちる、そんな時期でした。

 長崎のお土産といえば、ふんわり甘くてザラメのサクサク感がたまらないカステラや観光といえば、昨年世界遺産に登録された端島炭鉱(軍艦島)が注目されています。

 長崎の地をゆっくりと歩いてみると、1945年8月9日に投下された原子力爆弾によって傷つけられた長崎がだんだんと見えてきます。戦後70年が経過した日本を念頭に置いて見る長崎の町並みは、いつもの楽しい観光とはまた違った町に見えます。

 浦上駅から少し歩くと住宅街に入ります。階段を昇っていくと、そこにあるのは原爆の爆風によって半分に壊れた鳥居。これは山王神社にあった2番目の鳥居です。この鳥居の表面などをよく見てみると熱線の影響でもろくなっており、さらに鳥居が爆風によってねじれていることがよくわかります。

 もう少しすすむと山王神社にある緑鮮やかな大きなクスの木があります。このクスの木も原爆によって、幹は折れて葉もすべて吹き飛ばされ、皮も焼かれました。しかし原爆で傷つけられながらも新たな芽を出し、現在の姿になっています。

 山王神社から歩みをすすめ長崎大学を越えれば、浦上天主堂にたどり着きます。この天主堂には2つの鐘と鐘楼がありました。鐘楼は5・5メートル、重さは50トンですが、原爆の爆風によって35メートル離れた小川まで転げ落ちたそうです。

 一見、原爆が投下されたとは思えない町並みですが、一歩踏み込んで見ると、二度と繰り返してはいけない歴史が町に刻まれています。

 明治日本の産業革命遺産として世界遺産に登録された軍艦島ですが、戦中、兵器生産に必要な石炭の供給に重要な役割を担いました。炭鉱では戦火が激しくなるにつれ長時間労働が強制され多くの労働者が過酷な労働を強いられた歴史も忘れてはなりません。

 核兵器禁止のとりくみや平和活動で被爆地の長崎自治労連の仲間が奮闘しています。昨年の原水爆禁止世界大会in長崎では、世界大会終了後、各地から持ってきたすべての折り鶴やぺナントを長崎の仲間が額に汗を垂らしながら「みんなの思いが詰まっているから」と爆心地公園にある原爆落下中心碑の周りに飾る姿が印象的でした。

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▲原爆の爆風によって半分に壊れた山王神社の鳥居
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▲山王神社にある被爆した2本の大きなクスの木