2010年7月号 Vol.440

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国民の9割以上は農民と仏僧で生活は質素です。「ゾン」「ラカン」と呼ばれる僧院や寺では、多くの修行僧・少年僧が見られ、教典の書かれた「マニ車」を回し祈る人々も多く見られます。服装は、公の場所では「ゴ」「キラ」という民族衣装着用が義務づけられています。建物の形状や装飾も統一がとれ、町が落ち着いた仏教芸術的雰囲気を醸し出しています。
周囲の水耕栽培や棚田の織りなす田園風景は、日本の山村と酷似しています。また、ブータン人の体格と顔立ちは日本人にそっくりです。穏やかで礼儀正しく、日本人を見ると笑顔で話しかけて来たり、手を振ってくれました。特にブータンの農業の発展には日本人が寄与していたそうです。
この国の収入源は、豊富な水系から発電する電力や果物等の農産物の輸出であり、伝統を守るために工場は作らず工業製品や加工製品は輸入、道路を含む家屋建設、国防もインドに依頼しています。
国民総生産量より総幸福量を重んじるこの国には、先進・後進国の定義に当てはまらず、敬虔な仏教観が時をゆっくり流しているさまを感じとれます。
唯一の空港「パロ」から首都「ティンプー」に通じる主要道は、往復1車線から2車線に拡幅している最中でした。信号機はなく、首都で1箇所だけ「ゴ」着用の警察官が交通整理をしていました。犬は人の前世であるとの言い伝えから大切にされ、路上に10匹以上寝ていても車を迂回する寛容さには閉口します。
ブータンは一般的に苗字はなく、生活地の仏僧に名を付けてもらうようです。実際は少ないですが、多夫多妻で、家は女子が家督を継ぎます。生活困窮者は土地家屋が与えられ農業に従事し、路上生活者は存在しないとも説明していました。しかし、多くの国民が流暢な英語を話すほど教育には力を入れ、教育と医療は無料とのことです。とても不思議な国の旅でした。
▲ブータンの子どもたちは早ければ3歳から僧院に入り、経典の暗記や法要技術、楽器、曼荼羅を学び、小学校から英語授業があります |
▲500メートル断崖絶壁にあるパロタクツォン寺院 |


