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自治体の仲間

 

2008年8月号 Vol.417

日本列島 おどろき・おもしろミュージアム
第81館
京都府舞鶴市 舞鶴引揚記念館
13年間67万人を迎えた「引き揚げ」の歴史
 今年の夏も63回目の終戦記念日がやってきました。1945(昭和20)年8月15日の第2次世界大戦の終結、当時、海外に残された日本人は660万人以上といわれ、こうした人々をすみやかに日本に帰国させるための事業を「引き揚げ」と言いました。引き揚げ船によって入ってくる港は函館港から鹿児島港まで19港ありましたが、とくによく知られたのが舞鶴港でした。舞鶴港では1945(昭和20)年10月7日の第一船から58(昭和33)年9月7日の最終船まで実に13年間にわたり67万人を迎えました。舞鶴市は「引き揚げの町」としてその名が全国に知られました。
 引き揚げの歴史を語り継ぎ、後世に伝えるために1988(昭和63)年にできたのが市内の引揚公園にある舞鶴引揚記念館です。常設展示では引揚者の抑留生活、舞鶴港での引き揚げのようす、家族や肉親たちとの再会、事業に尽くした人々などを詳しく紹介しています。
 「♪母は来ました、今日も来た、この岸壁に今日も来た」。1954(昭和29)年に菊池章子、72(昭和47)年には二葉百合子の歌で一世を風靡した演歌『岸壁の母』。モデルとなったのは、端野いせという実在の女性。『岸壁の母』はシベリア抑留から解放され、帰ってくる息子の帰りを舞鶴港の桟橋で待つ母親をマスコミ等が取り上げた呼称でした。当時の世相をパネルや写真、当時の新聞報道で伝えています。企画展示では、シベリア抑留に関わるコーナーを設置しています。海外に取り残された人たちのなかでも、約48万人といわれるシベリア収容所での抑留生活は特に長く辛い日々でした。
 館外から公園の高台に登ると、『岸壁の母』『異国の丘』の歌碑があり、港を見下ろすと復元された桟橋が見えます。


▲13年間の「引き揚げ」の歴史を後世に残す記念館
▲「岸壁の母」と「異国の丘」の歌碑


ミュージアムメモ
所在地/ 京都府舞鶴市字平 引揚記念公園内
問い合わせ/ 電話0773−68−0836
開館時間/ 午前9時〜午後5時30分
休館日/ 年末年始
入館料/ 大人300円、学生(小学生〜大学生)150円
交通/ JR東舞鶴駅からバスで15分。引揚公園前で下車すぐ
▼舞鶴引揚記念館と赤れんが博物館の2カ所に入館できる
共通券が400円であります。

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