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自治体の仲間

 

2006年12月号 Vol.397

日本列島 おどろき・おもしろミュージアム
第62館
大阪府箕面市 萱野三平記念館
忠臣蔵に秘められた 赤穂浪士の悲劇
 12月の風物詩として、ベートーベンの「第九」とともにはずせないのが「忠臣蔵」。テレビ、舞台、映画と、毎年どこかでお目にかかる定番です。忠臣蔵といえば赤穂浪士ですが、見事に本懐を遂げたのは赤穂浪士の中でもわずか47人でした。赤穂藩が取り潰しになって路頭に迷った藩士の多くは悲惨な暮らしを余儀なくされ、あだ討ちどころではありませんでした。また、主君、浅野内匠頭の無念を晴らす思いはあっても、さまざまな事情としがらみで思いどおりに行かなかったケースもたくさんありました。萱野三平もその1人でした。
 1701年3月、江戸城での刃傷事件のあと、主君の切腹を赤穂まで早駕籠を駆って3日で知らせた2人の家臣のひとりが、萱野三平でした。ちょうど、西国街道にあった三平の自宅前を通ったとき、母親が急死して葬儀中でしたが、立ち寄ることを思いとどまって赤穂に向かったという話が残っています。大石蔵之助のもとで、仇討ちのメンバーに名を連ねていた三平でしたが、もともと父親の主君のツテで浅野家に仕えていたことから、父は主君に類が及ぶことを恐れて猛反対。浅野家への忠義と父親への孝行で苦悩した三平は、1702年1月、自ら自害して果てました。
 生誕地でありまた終焉の地でもある、箕面市萱野に、屋敷の長屋門と土塀が残されており、その史跡がいま「萱野三平記念館」として1994年から一般に開設しています。白壁の美しい土塀に囲まれた旧宅は、国道の喧騒から離れた静かな住宅地にありました。記念館には俳人でもあった三平の木像、自筆の句集、ゆかりの遺品などが展示されています。切腹した場所は小さな部屋で、中庭の隅に三平の辞世の句碑がありました。
晴れゆくや
  日ごろ心の 花曇り
 三平の悲劇は歌舞伎「仮名手本忠臣蔵」では有名な「お軽・勘平」の物語として脚色されて今に残されています。


▲白壁が美しい萱野三平宅の長屋門
▲萱野三平の辞世の句碑


ミュージアムメモ
所在地/ 〒562−0014 大阪府箕面市萱野3−10−4
交通/ 阪急宝塚線石橋駅からバス、萱野三平前下車すぐ
入館料/ 無料
開館時間/ 午前10時〜午後5時
休館日/ 月曜日、年末・年始
問い合わせ/ 0727−24−7201 無料駐車場3台分あり

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